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小田原のシンボル ”小田原城” 魅力!北条編

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400年以上、小田原のシンボルとして人々を惹きつけている "小田原城"。
今回は、小田原の基礎を築いた北条家ついて深堀りしていきます!
 

【伊勢宗瑞】

北条氏の歴史のはじまりは、伊勢宗瑞。
彼は現在で言う「財務大臣」の役職にあり、いわばエリート家系出身でした。
そんな伊勢氏も戦国時代に幕開けと共に伊豆国に侵攻。
ここから小田原北条氏がはじまったのです。
 

【北条氏綱】

伊勢宗瑞(北条早雲)を父に持つ、二代目北条氏綱。
父の遺志を継ぎ、領国支配体制を盤石にし勢力を拡大させました。
京都ではエリートの伊勢氏も、関東では知名度は低い、
そこで氏綱は、伊勢から北条へと姓を改めました。
鎌倉幕府の執権を務めた北条氏の姓を名乗ったのだと考えられています。
氏綱は小田原を本拠地に据え、その都市計画をリードしました。
 

【北条氏康】

三代目の北条氏康は、領土の拡大と外交に尽力しました。
彼が家督を継いだ時代は、各国に戦国武将が生まれた『群雄割拠』の時期。
氏綱が成し遂げられなかった武蔵国の全域を手中に収め、
関東の支配体制を強固にしました。
さらに外交にも力を入れ、税制改革や伝馬制度を整えるなど情報網も確立させました。
 

 

【北条氏政】

四代目の北条氏政は多くの戦に勝利し、北条勢力を関東全域に広げました。
とくに武田信玄とは因縁の関係にあったため、幾度となく対立。
1569年には武田信玄が小田原城を攻め入り、城下に放火するなど、
まさに天下分け目の戦いの時代でした。
 
 
今回は、名城を築き上げた北条5代の歴史をお届けしました。
小田原の基礎を築いた彼らは、現代の小田原をみてどう感じるのでしょうか、
皆さんは5代続いた小田原北条氏を思い浮かべながら、
小田原を散策してみてはいかがですか?
 
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